「かみなりおやじ」って聞かなくなりましたよね。
今のお父さん&パパたちは、みんな優しくなって、怒ったり叱ったりしなくなったのでしょうか?
私の父は、正真正銘「かみなりおやじ」でした。
「怒る」と「叱る」の違いなんてお構いなしで、どかん!どかん!と雷を落としていたと思います。今となっては、父が何を怒っていたか、それが私の人生にどんな影響があったのかは思い出せないのですが、確かに「父」は私の中にどっかりと存在しています。
逆に友人の父上は、1度も怒ったことがないそうです。
しかし子どもたち「お父さんは怒ったらすごく恐いに違いない」とずっと思って育ってきたそうです。でも大人になり、「お父さんはもしかしたら、怒らないし恐くもないんじゃないか」と思うようになったそうですが、どちらにせよすごい存在感ですよね。
最近の痛ましい家族の事件が発生するたびに、家族の無関心とか抑圧された感情などが問題視されます。父権の復活のために安易に「かみなりおやじ」をおすすめはしませんが、お父さんは家族の中にしっかり存在していてほしいなと思います。
あなたは、いざという時にどかん!と怒れば効果があるなんて思っていませんか?
・・・残念ながらそれは期待薄です。
存在感がない人が突然怒っても、「いきなり何?」って感じて、拒否されてしまうでしょう。
ここで日頃のコミュニケーションが大切になってくるわけですね。
とはいえ、お父さんは忙しい・・・。
それでは、あいさつをしてみませんか?「そんなこといつもやってるよ」と思われるかもしれませんが、何気なく交わすあいさつにも、実は大切なポイントがあるのです。
2.声から感じる
3.触れてみる
あなたは「おはよう」のとき、ちゃんと顔を見ていますか?
「ただいま」「おかえり」と言葉を交わしたとき、相手がその日1日楽しく過ごしたのか?くやしいことがあったのではないか?などを感じ取っていますか?
あるいは、寝ている我が子に「ただいま」と言った時に、その寝顔は穏やかでしたか?
時には、その寝顔に触れてみたりしていますか?
ほんの数秒のたわいもないコミュニケーションですが、お互いの存在を感じあう大切な時間を積み重ねていくことができます。その中で気づく変化に驚いたり、喜んだり、時には叱ったりすることでしっかりとお父さんは存在してゆくと考えます。
・・・そういえば、我がかみなりおやじ様は、酔った深夜の帰宅でも、反抗期の娘の返事がなくても「ただいま」は欠かさなかったなぁ。
久しぶりに、かみなりおやじに逢いに行きたくなりました。
